問題提起:
「書類の管理が煩雑で時間がかかる」「職員のIT活用スキルに不安がある」「どのシステムを導入すればよいかわからない」という悩みを抱える保育園も少なくありません。特に、園児や保護者とのコミュニケーション、行政への報告業務が増える中で、業務効率化は避けて通れない課題です。

記事を読んでわかること:
この記事では、超アナログ会社のDX(デジタルトランスフォーメーション)を進めた筆者が、DXの本質やその重要性を解説するとともに保育園の特性に合わせたDXの本質を解説し、現場の課題解決につながる具体的な5つのステップを紹介します。また、社員の不安や抵抗感を軽減し、スムーズにDXを進めるためのポイントについても詳しく解説します。

記事を読むメリット:
DXの成功には何が必要かを明確に理解でき、明日から取り組める具体的な方法が手に入ります。さらに、施設或いは会社全体を巻き込みながら効率的に進めるためのヒントを得られるため、導入後の効果を最大化する土台を築くことができます。

はじめに

DX(デジタルトランスフォーメーション)は、単に「ITツールを導入すること」ではありません。DXの本質は、デジタル技術を活用して 業務プロセスやビジネスモデルを根本から変革し、新たな価値を創出すること、もっと噛み砕いた言い方をすると、人の考えや行動がより良い方向に変わる事にあります。

保育園にとってDXは、「時代遅れの業務をデジタル化する」だけではありません。待機児童が解消に向かう現代においては、市場競争力を高め、未来へ生き残るための戦略的手段です。しかし、「ツールが難しそう」「社員が慣れない」「投資が怖い」といった課題から、多くの保育園が一歩を踏み出せずにいます。

今回はそんなDXを進める上でのポイントを解説したいと思います。

DXが中小企業に必要な理由

DXとは何か?その本質を理解する

2018年12月に経済産業省が「産業界におけるデジタルトランスフォーメーションの推進」という施策を発表し、そこからDXという言葉が一般に普及するようになりました。DXとは、「デジタル技術を活用して企業文化、ビジネスモデル、業務プロセスを進化させ、顧客や社会に新たな価値を提供する」ことです。

例えば、大手EC企業のようにリアル店舗を持たずして世界的に展開するビジネスモデルは、DXによって可能になりました。保育園においても、この考え方を取り入れることが競争力向上の鍵となります。

ただし、前述したように、DXには「ツール導入」以上の視点が必要です。単なる「ITツールの導入」ではなく、デジタル技術を活用して業務プロセスや園運営を根本的に改善し、職員、園児、保護者に新たな価値を提供すること、それはデジタルを導入することで、人の考えや行動がより良い方向に向かう事です。

例えば

  • 園児情報の一元管理:手書きの出欠表をデジタル化し、リアルタイムで保護者と共有
  • 業務効率化:献立作成や食材発注を専用ツールで自動化
  • 保護者連携強化:スマートフォンアプリで連絡帳やお知らせを配信

これらを通して、保育士が本来やるべき価値ある仕事、例えば園児との時間を大切にするなどの目的を達成することにあります。DXの本質は単に「効率化」ではなく、「成長するための基盤を構築する」ことなのです。

保育園が直面する3つの課題

さて、ではなぜ保育園においてDX化が必要になってくるのでしょうか。まず現代の多くの保育園が抱える課題について考えてみます。

人手不足

少子高齢化の影響で、どの業界でも労働力の確保が難しくなっています。特に保育園においては、保育士不足が深刻化する中、新たな法令対応や非効率な業務に時間を割く余裕はありません。手作業やアナログ業務の多い保育園にとっては深刻な問題です。

競争力の強化の必要性

待機児童問題が取り沙汰されていた2010年代においては、保育園が定員割れを起こすことはありませんでした。しかしそんな時代から変革し、待機児童問題がほぼ解消されたと言われる現代においては、市場環境は急速に変化しています。保護者のニーズに迅速に対応し選ばれる保育園になるためには、手厚い保育サービスとデータを活用した迅速な情報収集や意思決定が求められますが、紙や手作業が中心の業務では対応が困難です。

非効率な業務プロセス

近年、アプリの導入などで保護者連絡帳や日誌・出欠簿などはデジタル化の兆しを見せていますが、社内でのコミュニケーションツールやポータルサイトの活用による情報共有、保育計画書など多くの書類が紙ベースで管理されている場合は、探すのに時間がかかるだけでなく、紛失リスクも高い状態です。また効率の悪いプロセスがコストを増加させるだけでなく、社員のモチベーション低下にもつながります。さらに不要な業務に費やす時間的資源の浪費は、本来その業務においてやるべき価値のある仕事を圧迫してしまうという弊害を伴います。

DXによる期待される効果

では上記のような課題に対して、DX化によりどのような効果が期待できるしょうか。

業務効率の向上

DXを進める上で業務フローの見直しは不可欠。改めて業務を見直すことで、不要な作業をなくす事はもちろん、デジタルツールの利用やクラウド化、AIやRPAの導入により、繰り返し業務の自動化や効率化を進めることができます。例えば、保育日誌や献立作成、登園管理をデジタル化することで、事務作業に費やす時間を大幅に削減が期待できるでしょう。

保護者満足度の向上

園の運営状況や行事予定をデジタルツールで簡単に共有することで、透明性を高め、保護者との信頼関係が強化されます。またAIを活用を掛け合わせたSNS情報配信を行うことで、来期以降の潜在的な保護者との接点を持つなど、選ばれる保育園となるべき活動も積極的に行う事ができます。

従業員満足度の向上

単純作業が減り、社員がより創造的な仕事に時間を割けるようになります。各人員が本来やるべき、価値ある業務に資源を投下できるようになります。例えば子どもと向き合う時間が増えることで、保育士のやりがいや働きやすさが向上します。

DXを阻む3つの壁

ITリテラシー不足

ITツールやシステムに慣れていない社員が多い場合、「わからないから怖い」「やり方がわからない」といった心理的な壁が発生します。しかし、スマートフォンの普及率が90%を超えると言われている現代では、ビジネスパーソンとして、パソコン・スマートフォンいずれも一度も触ったことがないという人はほとんどいないでしょう。こうした状況においてはまず小さなステップから始めるのも効果的です。

解決策
小さなツール導入(例:チャットツール)から始め、社員が成功体験を得られる仕組みを作るなど

初期投資への不安

DXには費用がかかることが多いため、「本当に効果があるのか?」と不安を抱く保育園経営者も多いでしょう。導入するツールにもよりますが、イニシャルコストが大きく、その後もシステム保守費用や、クラウドベースのものであればサーバー費用など、ランニングコストとしても継続して費用が掛かることがあります。しかし導入による業務効率化の効果は、その後の保育園運営において大きく感じることができると思います。また必ず採択されるわけではありませんが、補助金・助成金などの手段を用いて資金を補填する事も可能になります。

解決策
ITや小規模事業者継続化補助金、ものづくり補助金など、補助金や助成金の活用を検討する。特にDX支援制度は豊富です。
システム導入によるコストと、それにより削減可能になった工数(時間)×平均単価(従業員給与等)を比較し、経済的効果を検証するのも一つの方法です。

社員の抵抗感

「これまでのやり方でうまくいっていた」と考える社員が、変革に対して抵抗することはよくあります。これはその社員の年齢や経歴を問わず、必ずと言っていいほど発生する勢力であると考えるべきかもしれません。しかし人は適応できないという事はありません。根気強く定着化させることが一番重要な方法になります。

解決策
まずは保育園全体としての方針としてDXを進めることを明確化する。その上で改革の必要性を丁寧に説明し、参加意識を高めるワークショップや研修を実施。時には1on1でコミュニケーションをとり、細かなサポートを行うのも有効です。

DXを進めるための5つのステップ

DXのプロセスはさまざま考えられますが、ここでは成功度が高いDXのステップをご紹介します。

DXの目的を明確化
まずは一部の業務やクラス単位ではなく、保育園全体としての取り組みである事を大前提とします。園長であれ、最古参の社員であれ、決められたことは例外なく行う事を経営陣がコミットする事が重要です。その上で、なぜDXを行いたいのか、ゴールはどこかを明確にすることがスタートです。

例)属人化しない状況と時間的余裕を持つことで、園児のために活動できる時間を生み出したいからなど
現状分析
現状をヒアリングし、業務プロセスを見える化、ボトルネックを特定した上で改善案を考えます。この時、ボトルネックにのみ焦点を当てるのではなく、業務全体を俯瞰してみて、現状は問題ではないが、改善の余地がありそうなものなども纏めて一覧にピックアップするとより効果を発揮します。また担当者個人がやりたいだけの視点ではないかの確認も重要です。

例)手書きで行っている書類管理の時間やコストを計測する、月末の請求処理に要する時間を確認するなど
完了後のイメージを作る

DX完了後に「このような形になっていたい」というような具体的なイメージを作ります。この段階でDXが可能か否かもしっかり判断しなければなりません。現状分析の結果を用いて、それぞれをデジタル化の可否、効率化の可否といった軸に分け、優先度を付けて目指すべき形を明確にします。この段階において、具体的なツールや必要な予算なども検討対象にしていきます。

例)連絡帳をアプリ化して、保護者が簡単に内容を確認できるようにする、職員が献立作成ソフトを使いこなせるようにするための研修を実施するなど
DXの方針を打ち出す
それぞれ個別の目標設定をして、やるべきことが決まったら、保育園全体として方針を打ち出します。この時、目標のみを伝えるのではなく、どのように今後進めていくか、期間はどれくらいなのかも明確に打ち出します。いきなりすべてをデジタル化するのではなく、初めは身近で簡単に実行可能なタスクから始めると、抵抗感が少なく進めやすくなります。

例)月次の行事予定表だけをデジタル化、保護者への連絡事項を一部アプリで配信、ExcelをGoogleスプレッドシートに移行して共有化を実現するなど
定着化させる
社員との対話と教育を行います。不安を解消するための説明会やトレーニングを随時実施すると効果的です。実際にツールを試用してもらい、「自分たちでもできる」と感じてもらいましょう。この時、例外行為は認めては行けません。必ずルールを守って行ってもらいましょう。もし最善の方法が別であるのではと提案された場合はそちらを精査し、採用するのであればその提案された方法を保育園全体に共有する、徹底させるというプロセスを取る必要がある事は肝に銘じましょう。

例)毎週水曜日の14時から説明化を実施する。中々手を付けてくれない人には1on1を実施するなど

当然これで終わりではなく、引き続き新しい課題解決のために継続したDX推進を行う事が重要です。

DXを進める上でのポイント

クラウド化

こちらはセキュリティリスクも含めて賛否があるかと思いますが、必要な情報にいつでもどこでもアクセスできる利便性や、ローカル管理・属人化防止の観点からもクラウドベースのDXをオススメします。

徹底させる(言い続ける)

前述したように、現行制度を変えたくないと考える反対勢力は一定数発生します。そんな社員であっても、必ず徹底させることが重要です。例え園長であってもやり方に反する方法を取っている場合は注意する必要があります。DX担当者はそのことを肝に銘じてください。また経営者においても、そこまでの発言権を持たせる覚悟で担当者を指名することが重要です。

100%の普及率にして初めて最大の効果があると心得る

DXを行うと90%の普及率で満足してしまう事もあります。確かに以前の状況に比べると目覚ましい改善がなされて、業務効率も向上していることに違いはありません。しかし、1人でも古いやり方を行っていると、データの管理が2重になる事もしばしば起こります。DXの目的を達成するためにも、例外は一切作らず100%の普及率を目指してください。

専門家への相談

コンサルタントや補助金アドバイザーを活用することで、DX推進は加速します。特にこれまでの内容を社内担当者だけで進めるには困難が生じます。業務の進め方や定着化の観点からも、コンサルタントを有効に活用することがDXの近道であると言えるでしょう。

まとめ:最初の一歩を踏み出そう

DXは大きな変革に見えますが、実は泥臭く地道に進めなければいけない事も多々あります。しかし裏を返せば一歩一歩取り組めば確実に成果が出ます。まずは目的を明確に、保育園全体としての取り組みであることをしっかり伝えた上で、小さな業務改善から始め、成功体験を積み上げていきましょう。そして最後までやりきる覚悟を持ってDX推進を行ってください。


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